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【3279】ads.FM「三重の映画に恋をして」〜VOL.22「山椒大夫」 事務局 田中 忍
メール tnk@orange.ocn.ne.jp 
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    当委員会会長の田中忍が、ads.FMで三重県ゆかりの映画について話を
   しています。コーナータイトルは「三重の映画に恋をして」、略して「みえこい」です。
    第22回目は次のとおり3月16日(土)の放送です。本放送は、インターネット
   でもお聴きいただくことができます。
          詳しくは、ads.FMのホームページでご確認ください。
    http://www.advanscope.jp/fm/     
          放送日時:3月16日(土)午前11時20分から午前11時38分(予定)まで
          放送局:コミュニティFM『ads.FM』
          番組名:weekend mix
          ナビゲーター:北山ヒロトさん
          紹介映画:「山椒大夫」(溝口健二監督、1954年)
     本映画の原作は有名な伝説『安寿と厨子王』を文豪・森鴎外が小説化した
     ものです。ラストシーンは三重県志摩市越賀の阿津里浜で撮影されました。
     また助監督に、晩年、名張市で過ごされた田中徳三監督が務めています。
         放送内容は、放送終了後、このページで掲載します。

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投稿日 2019/3/14 (Thu) 23:59:52
更新日 2019/3/15 (Fri) 0:00:17
 

【3280】Re:ads.FM「三重の映画に恋をして」〜VOL.22「山椒大夫」 事務局 田中 忍
メール tnk@orange.ocn.ne.jp 
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放送内容

本作は昔から伝わる「安寿と厨子王」のお話で、文豪、森鴎外が大正3年(1914年)に小説化しました。実に悲しくて怖いです。幼い頃に父母と別れた安寿と厨子王が人買い(ひとかい)にあい、山椒大夫の荘園で奴隷のように働かされます。この荘園では、病にかかると治そうとはせず、カラスやトンビの餌食になればよいと裏山に捨てられ、そこには人間の骨が散乱しています。荘園内で反発したり逃げ出そうとすると、焼キゴテを額に当てられリンチを受け、全く人間らしい扱いをされず、死ぬまで働かされるといった場所です。

荘園暮らしが10年続き、安寿と厨子王は何とか生きながらえるのですが、厨子王は山椒大夫の命礼により焼きゴテを額に当てることも平気になっていました。父からの「人には慈悲を。己を責めても人に情けをかけよ」という言いつけも心の闇に隠れていたころ、母が佐渡で生きている噂を聞き、逃げ出そうと決意します。安寿は厨子王に逃げるようにお膳立てをし、彼女自身、逃げ切れない事を知り入水自殺をします。その後、物語は急展開します。厨子王の父が、国守だったことや父の形見から厨子王の身分が復活し、何と丹後の国を任されます。そして山椒大夫を懲らしめるとその職を辞して母を探しに佐渡へ行き、再会するという内容です。

出演者ですが、田中絹代が母親を、厨子王を花柳喜明、安寿を香川京子が演じています。なお、厨子王の少年時代は、昨年亡くなった津川雅彦が演じていました。津川雅彦の13歳の姿が見られます。

監督は溝口健二。黒澤明、小津安二郎とともに国際的にも高い評価を受けている監督です。溝口監督は、ヴェネチア映画祭で1952年に「西鶴一代女」、1953年に「雨月物語」、そして1954年には、この映画で銀獅子賞を受賞しましたので、3年連続の受賞という功績があります。

ラストシーンでは、田中絹代扮する母と厨子王が再会をします。田中絹代の役柄は佐渡に売られ、遊女となり逃げようとしたら足の腱を切られ、子どもたちと同じように奴隷のような不自由な生活を強いられるという気の毒な役です。田中絹代は、美しい方ですが、その美しさを投げ捨てて、老婆を演じきっています。後半、出演場面がないのですが、ラストシーンでの印象が大変強く、圧倒的な存在感を示します。このラストシーンは、三重県の志摩市越賀にある阿津里浜で撮影されました。母と息子が出会い、やっと幸せが訪れるというお話なので、逆光で波がキラキラ光る効果を求めて太平洋側の越賀が選ばれたのです。最近、このロケ地を訪ねましたが、映画に映る小高い山や島が、今も見られます。浜ではのんびりと休憩が出来、自然の恵みをいただいているなあと感じました。

溝口監督の演出は、現在公開されている映画のような軽いものでなく、非常に重厚感があります。この映画を観ると、ゆっくりしたテンポで話が進むのでそれに耐える疲労感が伴います。

私見なのですが、1950年や1960年代、つまり昭和の時代に製作された映画を、現代でリメイクするのは、とても難しい点が多々あります。まず、現代の俳優は顔が整っていて、昔のように丸みを帯びたような感じがありません。それから、ロケ地が近代風になっていて、時代劇や昭和を描くことが相応しい場所探しに苦労します。私は、そのような労力をかけてリメイクするより、過去の映画上映をした方がいいと思っています。過去の映画を上映することで、当時の世相や当時の町の風景が垣間見れ、歴史の勉強になります。たとえば、東京もかつては、砂埃が舞う場所だったのだと映像を観て知るいい機会になります。PRになりますが、私達、三重映画フェスティバル実行委員会が旧作を上映するのも、そのような意識を持っているからです。

この「山椒大夫」ですが、ここ名張市とゆかりがあります。本作の助監督は田中徳三という方で、晩年を名張市で過ごされました。名張市の市政功労者表彰式で特別表彰を受けられた三重県ゆかりの映画人です。田中監督は、大映という映画会社に入社し、溝口健二、黒澤明、市川崑らの助監督として出発。後に監督に昇進、俳優の市川雷蔵や勝新太郎らを育て、映画『悪名』『座頭市』『眠狂四郎』シリーズをヒットさせ、日本映画の黄金期を背負ってこられた方です。大映の倒産後は、『必殺』シリーズや『子連れ狼』『桃太郎侍』など約1,000本のテレビドラマを手がけました。2000年に入って、日本映画の黄金期を見直す動きが高まり、その時代を知る生き証人として、田中監督への講演や取材が相次ぎましたが、中には、田中監督をよく知らぬスタッフから「元・映画監督」と呼ばれたこともあり、「私は今も映画監督なのだ」と悔しい胸の内を語られたことがありました。『もう一度、映画を撮りたい』という想いが田中監督にはあったのだと思われます。その想いが届いたのでしょう。2007年、32年ぶりに監督された映画『少年河内音頭取り物語』が公開され、その年に他界、本作が遺作となりました。

音楽:早坂文雄作曲「古代の舞曲」(1937年作、ワインガルトナー賞優等賞受賞)
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投稿日 2019/3/16 (Sat) 22:39:37
更新日 2019/3/16 (Sat) 22:39:37
 


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