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【3257】FMなばり「三重の映画に恋をして」〜VOL.15「無法松の一生」 事務局 田中 忍
メール tnk@orannge.ocn.ne.jp 
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当委員会会長の田中忍が、FMなばりで三重県ゆかりの映画について話を
しています。コーナータイトルは「三重の映画に恋をして」、略して「みえこい」です。
第15回目は次のとおり8月26日(日)の放送です。本放送は、インターネット
でもお聴きいただくことができます。
   詳しくは、FMなばりのホームページでご確認ください。
 http://www.advanscope.jp/fm/
第15回目放送:平成30年8月26日(日)13時20分から13時38分(予定)まで
   放送局:FMなばり「なばステ」
   番組名:サンデーGoing!!!
   ナビゲーター:田中愛さん
   紹介映画:「無法松の一生」(稲垣浩監督、1943年)
  主演は阪東妻三郎、九州小倉を舞台に人力車を引く松五郎の生涯を描いて
 います。この作品は戦争の影響で2度もカットされ、オリジナルの映像が残って
 いません。このように悲運な映画ですが、不完全さを感じながらも見ることが
 でき、阪妻が見事に松五郎を演じています。
  津市一身田と津市中河原の恭和小学校グランド(現在東橋内中学校)で
撮影されました。
    放送内容は、放送終了後、このページで掲載します。
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投稿日 2018/8/22 (Wed) 23:27:00
更新日 2018/8/22 (Wed) 23:27:00
 

【3258】Re:FMなばり「三重の映画に恋をして」〜VOL.15「無法松の一生」 事務局 田中 忍
メール tnk@orannge.ocn.ne.jp 
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放送内容

阪東妻三郎は大正から昭和にかけて、剣戟映画、つまり「チャンバラ映画」が流行した際、一躍有名になり「剣戟王」とも言われました。そして、バンツマという愛称でよく呼ばれました。阪東妻三郎が演じた「無法松の一生」の主役はこれまでの剣戟王のイメジーから脱却したく出演をOKしたとも言われ人力車を引く役柄ですが、短気であるものの、実に人懐っこい性格で、「いよっ!バンツマ」とでも言いたくなる雰囲気があります。バンツマの本名は、田村傳吉(でんきち)と言い、5人の子どもがいます。その中でも、長男の田村高廣、三男の田村正和、四男の田村亮の3人は俳優となりました。

「無法松の一生」に出てきた俳優のことをもう少し言うと、前半、ケガをした子どもとして出演するのが沢村アキヲです。彼は後に長門裕之という芸名で活躍します。長門は最近亡くなられた津川雅彦の兄で、女優の南田洋子の夫です。

さて、この映画は九州の小倉が舞台です。人力車を引く松五郎の人生を描いています。ふとしたきっかけで知り合った軍隊の主人が亡くなられ、まだ小さい子供を抱えて生きていかねばならない女性の面倒を見ていくという松五郎を包容力のある男性という風に描いています。実は、このようなシーンが撮影されていました。松五郎はこの未亡人へ恋心を抱いていることに悩み、未亡人宅を訪れます。しかし、何も言わずにそこを立ち去り「自分の心は汚れている。奥さんにすまない」と自分を責め、お酒におぼれ、道端に倒れてしまうというシーンが撮影されていたのです。

しかし、戦時中の日本では国家統制が引かれ、戦争で勝つためにという社会風潮だったので、人力車引きが、未亡人にうつつを抜かすとは何事だと、国の検閲でカットされたのです。他にも女性が描かれているポスターを松五郎が見て、未亡人の事を思い出すとか、戦時中不適切と判断されたシーンが数か所、検閲によってカットされています。今もそのフィルムが発見されたという情報はありません。

さらに戦後もこの映画はカットされています。思想の解放や表現の自由を日本人にと、戦争に負けた日本にやってきたGHQが、「封建的である。民主的な映画には属さない」と言う理由で、日露戦争に勝ったことを祝う提灯行列や軍歌を歌うシーンなどがカットされました。GHQがカットした部分はDVDの特典映像で一部見ることが出来ます。この映画のカメラマンだった宮川一夫が、そのフィルムを持っていました。今、見ると、何故このシーンがカットされなければならない問題シーンなの?と首をかしげますが、戦前と戦後では価値観が全く変わったとも言われますので、当時を知る方しか、カットされたことに納得はできないのかなと思います。

さて、シナリオや当時存命だったスタッフの方々の記憶をたどり考えていくと、戦前カットされた部分は約10分、戦後カットされた部分が約8分とのことです。稲垣監督はこの無念を晴らすために、自身で「無法松の一生」をリメイクしました。昭和33年の公開ですから、15年後です。無法松を演じたのは三船敏郎、カラー映画でした。そしてその作品は、ヴェネツイア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。

この映画は九州が舞台ですが、一部の撮影は津市一身田町です。この町は、昭和初期から戦後間もない頃にかけて、お寺や町並みを利用して、時代劇映画の撮影が頻繁に行われました。時代劇で有名な丹下左膳が闊歩したり、鞍馬天狗と新撰組の立ち回りや乱闘場面などが撮影されました。一身田は、戦災を免れていたので、お寺が多く残っていたり、長い土塀や蔵があり、撮影条件として適していました。またJR一身田駅があり京都の撮影所から2時間程度で来ることができたためと言われています。当然、当時は京都での撮影が中心でしたが、観光客が多かったため、人通りも少ない一身田で撮影がされたのです。また撮影隊が常宿としていた旅館(現在は廃業)があり、そこのおかみさんが面倒見のいい方で、撮影に使う小物類を調達してあげたり、川に飛び込んだ俳優にお腹をこわしてはいけないということで梅湯を作って飲ましてあげたりと、今でいうフィルムコミッション的な役割を果たしてみえたことも大きな要因であったのかもしれません。

一身田に行くと、「ほっとするに一身田」という看板があり、皆さん親切にしてくださいますよ。是非、一度、津市一身田へ・・・

曲:「無法松の一生」タイトルバック(作曲:西梧郎)
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投稿日 2018/8/26 (Sun) 19:24:07
更新日 2018/8/26 (Sun) 19:24:07
 


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