TOP>三重映画さんぽ>旅を師とする映画道 映画監督 瀬木直貴
瀬木直貴監督  旅に出たくなる心の作用は、何故生じるのだろうか?
 私たちが旅に憧れを抱き、そこに実際に行きたいと願うのは、単にその場所に行きたいというのではなく、旅をした先人や他人の旅に憧れて旅をするというのが本質であるとする考え方がある。松尾芭蕉、坂本龍馬、アガサ・クリスティー、沢木耕太郎・・・何人かを思い起こすだけで、なるほどと頷いてしまう。
 しかし、現実に旅に出ると夢と現実の落差に愕然としてしまう。僕の初めての旅らしい旅は、船で上海に渡り、シルクロードを踏破し、チベットからヒマラヤ山脈を越えてネパール、インドへと放浪した約3ヶ月の一人旅だった。26年前のことだ。連日、憧れや夢とは無縁の、あえて言えば修業と呼ぶにふさわしい過酷な毎日を過ごした。慣れない食生活にお腹を壊し、懐具合も心細く、連日スリや詐欺師と戦った。世界には思うままにならない現実が横たわっていた。
 だがそんな時に出会った人々は、悪人であれ善人であれ今も忘れられない。
 自明のことだが、僕たちはひとりでは生きていけない。人はそれぞれに性格も職業も趣味も異なっている。立場の異なった人と対話し、共感し、支え合い、時には衝突しながら人は成長していくのだ。
 小品を自己分析的に振り返ると、どこか遠くのまちへの憧れ、旅、苦難、衝突と和解・・・という要素は、多くの映画同様、僕の作品にもあてはまっている。16歳の少女が東京への憧れと地元への愛着の間を揺れ動く『いずれの森か青き海』、インドネシアの島から島へのロードムービー『LOVE ASIA 〜花びらの舞う海へ』、10歳の少年の一人旅を縦軸とした『KIZUKI』・・・どの作品も、美しい人情や自然だけで構成されてはいない。善意や慎ましい感情だけでなく、嫉妬や嘘も描いた。それはもっと大切なものがあることを伝えるためであり、出会いと別れを描いたのは、連帯と共感の喜びをかみしめてもらうためである。
 撮影所を飛び出し地域でのロケーションに出ることを、助監督時代、「旅」と呼んでいた。
 短くて数週間、長い場合は半年にもわたる「旅」も、実に多くのことを教えてくれた。アラスカでのイヌイット族との生活、アメリカ中西部の先住民居留地、神々の島・バリ・・・大自然の中での人々の謙虚なふるまいは、文明に生きる僕たちに強烈なメッセージを投げかけてきた。環境問題をテーマにした劇映画『KIZUKI』は、これまでの旅の経験をもとに、長年温めてきた企画でもあった。
 映画を生業とする僕にとって師と言えるものは、これまで師事した何人もの先輩監督ではなく、間違いなく旅そのものだ。
 旅といえば近年温泉に凝っている。温泉は日本が誇るべき文化。ヨーロッパにも温泉は湧いているが、入浴に際しては水着着用だったりして、本来の趣は半減してしまっている。ひと風呂浴びて、仕事のストレスも人間関係のしがらみも、経済の困窮も忘れ去って、はだかで手足を伸ばせば、言葉になる以前の愉悦が口をつき、世俗の汚れはかけ流しのお湯とともに消え去っていく。今、温泉街を舞台にした、温泉エンターテイメントムービーを撮りたいという願望が、僕の内側にふつふつと湧き出でているところである。
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