TOP>三重映画さんぽ>オール伊勢ロケの「半分の月がのぼる空」 中川 絵美子
レッスン前、インタビューに答える門山葉子さん伊勢出身の小説家が故郷を舞台に選んだ作品
 伊勢出身の小説家・橋本紡氏の『半分の月がのぼる空』が映画化され、2010年4月3日に封切りとなった。入院生活を送る少年と少女との恋を描きながら、心に傷をおった医師の姿も同時に映し出すラブストーリーだ。
 原作は、シリーズ累計140万部を突破したベストセラーで、過去にアニメ化もされている人気シリーズ。シリーズは終了したものの、原作への支持が止むことはなく、2010年、待望の映画化が実現した。ものがたりの舞台は作者が住んでいた頃の伊勢。小説(全8巻、2003〜2006)やアニメ(2006)の中でも伊勢のまちなみがほぼ忠実に再現され、地名がそのまま使われている箇所もあり、近年、ファンによる聖地巡礼が盛んに行われている。

「砲台山」からはじまった不思議な縁
 聖地巡礼の場所の中でも、特に重要な場所とされるのが「砲台山」(虎尾山)だ。主人公の高校生・裕一と心臓病を患う少女・里香の思い出の場所として登場する、標高50メートルあまりの里山である。山頂には、1928年に建てられた日露戦争の戦没記念碑が建立され、昭和期は虎尾山一帯が遊園として整備されていたという。時代が変わるごとに、恋愛スポット、子どもたちの遊び場……と変化したが、近年では訪れる人も減り、不法投棄が行われるなど荒れ果てた状態だった。そんななか、2003年頃から付近の住民が里山の再生を目指し虎尾山の整備を始めた。ちょうど同時期、「半月」ファンたちが全国から「砲台山」を探しに伊勢を訪れていた。徐々に交流がはじまると、やがて原作者の橋本紡氏も一緒に虎尾山の清掃&整備活動に参加するまでとなり、ついには登山道が復旧するという大きな里山再生活動となった。
 地域住民として里山再生を進めたのがNPO法人自利利他の山本雅則さんだ。里山の再生活動を進めるなかで、ファンや橋本氏と親交が深くなり、映画化の時には「半分の月がのぼる空」伊勢実行委員会の実行委員長を務めている。映画化が決定したときはまさに「夢が叶った」という気持ちだったという。

レッスン前、インタビューに答える門山葉子さん伊勢の空気感を映し出した映画
 映画「半分の月がのぼる空」は、すべて伊勢周辺でロケが敢行された。8割以上を占める病院の場面は市内や隣の松阪市の病院で撮影され、他にも河崎や皇學館大学、しんみち商店街、宇治山田高校など、伊勢っ子には馴染みのある場所ばかりである。
 しかし映画全体を見てみると、伊勢周辺のロケにこだわりながらも、映画の中で「伊勢らしさ」を感じさせる描写は少ない。描かれるのは、日常の伊勢の姿なのだ。
 しんみち通りのシャッター街、河崎のまちなみ、地元の高校。セリフの中で、「伊勢」という地名がはっきりと使われるのはほぼ1回だ。原作ファンなら、伊勢が舞台ということを知っているし、地元民も分かるが、それ以外の人にはこの映画の風景が伊勢であるということはここ以外で明確に分からないのではないか。
 この映画が伝える伊勢とは、風景ではなく、そこで流れる空気のように感じる。伊勢の町が内包している、温かさや優しさ。柔らかい伊勢言葉。その一方で、廃れていく寂しさ。
 近年、映画を通じたまちの活性化が注目されている。「半分の月がのぼる空」の場合、原作の基盤があったため、少し事情は異なるが、虎尾山という忘れられていた場所が、作品になって改めて愛される場所になり、全国から多くのファンが訪れるということは1つの大きな成果である。原作者・橋本紡氏への故郷への思いから生まれたものがたりは、多くのファン、地元で“偶然”同時期に始まった里山再生活動、そして真摯に取り組んだ映画の制作陣らの姿勢など、すべてのさまざまな要素が織り交じりあって、伊勢の日常を舞台にした幸せな映画となったと感じる。

●伊勢市の進富座では、全国公開(4月3日)に先駆け3月27日から先行上映が行われている(5月5日まで)。平日でも賑わいをみせ、見込み数の3000人は4月中旬に既に超えた。観客層は、割合で言うとシニアが多く、「伊勢が舞台になっているから」という理由で来館されている方が多いようである。
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