TOP>三重映画さんぽ>〜シリーズ伊賀〜その1 「忍」 木村 直史
 三重県は、山あり谷あり、深い山林があるかと思えば、太平洋へと続く海もあり、四季折々の自然に実にめぐまれた環境にあります。そんな中、三重県の西に位置し、山々に囲まれた盆地が特徴の伊賀地区は自然環境に加え、県内有数の観光資源を有しています。そう、伊賀流忍者の発祥の地として、国内外問わず広く知られています。そして忍者といえば「服部半蔵」が最も有名人でしょう。伊賀忍者の筆頭として、伊賀流を率いての活躍が知られる服部半蔵。彼はいくつもの映像作品で幅広く取り上げられ、「伊賀の影丸」「服部半蔵・影の軍団」では中心人物として、さらには彼を元にした「忍者ハットリくん」という漫画作品も、みなさんよくご存知だと思います。

 そんな一般的によく知られる服部半蔵は、徳川家康に仕えた二代目服部半蔵であり、実名を服部正成といいます。そして、服部の名を上げた出来事が“伊賀越え”なのです。天正10年(1582年)本能寺の変の際、堺に滞在していた徳川家康が、御斎峠(おとぎとうげ)を通って甲賀・伊賀を抜け、伊勢から船で三河に至るまでを、半蔵始め200人の伊賀者が警護につき、安全に守り抜いたといわれています。

 御斎峠は三重県と滋賀県の県境、つまり伊賀と甲賀をつなぐ峠であり、司馬遼太郎の原作を映画化した「梟の城」(1999年)にも登場します。現在となっては伊賀と甲賀の抜け道というよりも、ゴルフ場への通り道として、峠道ながら頻繁に車の往来があります。御斎峠を登り詰めると標高630m、生い茂る木々を頂く山々の向こうに伊賀市を一望することができます。そしてここからの眺め、思っている以上に伊賀市が小さく見えるのです。早朝や霧がかった日は、伊賀盆地にうっすらと隠れた“伊賀の里”を垣間見ることができ、夜は小さな夜景がまるでホタルのように映ります。

 そんな忍びの里の雰囲気を味わえる御斎峠ですが、伊賀越えの時、半蔵はどんな気持ちでここからの伊賀の里の風景をみたのでしょう。家康を守りながら故郷を抜けることに万感の思いを抱いていたか、はたまた極限に高い緊張感の中で故郷の風景どころではなかったか。現在も残る史跡を訪ねる妙味は、そんな歴史上のヒーローたちを偲ぶところにもあります。御斎峠からの伊賀の里を眺めながら、伊賀流最大にして、三重県のヒーロー・服部半蔵の心に思いを馳せるのでした。 

御斎峠
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