y 三重映画フェスティバル実行委員会 : 三重映画さんぽ : 「はじめの一歩」 田中 忍
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 明治30年(1887)5月26日、津市丸ノ内にあった芝居小屋「泉座」で、映画が三重県で初めて上映された。映画と言っても、特にストーリーのあるものではなく、汽車の発着や女性のダンス、街の雑踏など断片的なものであったが、白布のスクリーンに映る動画に人々は心を躍らせたという。

 以来、120年余りが経つ。

 振り返れば、三重県の劇場数はピークと呼ばれる昭和33年(1958)ごろには143館もあったが、テレビの影響により次第に減少し、今では9館と数えるしかない。

 また当地は、日本の“映画の都・京都”に近いこともあり、戦前にはよく時代劇が撮影された。阪東妻三郎主演の「無法松の一生」は津市一身田でロケされた代表的なもので、撮影当時、スタッフへの協力やもてなしをたくさんの人々が行った。今で言う“フィルムコミッション”の前身である。戦後も「潮騒」「山椒大夫」「喜びも悲しみも幾歳月」「浮草」「旅路」「忍ぶ糸」「約束」「砂の器」「埋もれ木」などの名作が三重県でロケをされた。平成14年(2002)に県内初の伊勢志摩フィルムコミッションが設立。その後、菰野町、津市、松阪市にも誕生した。中でも伊勢志摩フィルムコミッションの実績は多く、初の支援映画「逆境ナイン」をはじめ「小さき勇者たち〜ガメラ〜」「黄色い涙」等と続く。そして昨年5月に伊勢市を中心にロケがされ、今春公開される映画「半分の月がのぼる空」にはのべ1,000人ものエキストラが集まった。映画ロケのみならず、テレビドラマのロケも近年富に増加しているのはフィルムコミッションの活躍の賜物と言えよう。

私たち三重映画フェスティバル実行委員会は三重県における映像文化をさらに根付かせようと、平成13年(2001)に設立。三重県ゆかりの小津安二郎監督の生誕100年を記念し、平成15年(2003)に第1回の三重映画フェスティバルを開催、昨年第7回を数えた。皆さんのご支援のおかげである。他にもホール上映を行う団体も県内で増え、ますます三重県における映画の話題は豊富になってきた。

 とはいえ、「映画は見るだけのものでなく自分たちが参加するもの」という意識を皆さんに持っていただけると大変嬉しい。

 DVDや映画専門チャンネルテレビ等の普及により、映画館に出向かなくても映画を見る機会は増えた。しかし、映画館で映画を見ないと映画館の経営は苦しくなり閉鎖される危惧が高まる。昨年閉館した「津大門シネマ」の時もそうだったが、映画館がなくなると聞いて急いで駆けつけても手遅れである。日頃から、映画は映画館で見るという習慣を持たないと、三重県から映画館が消えてしまっては大変な事になる。

 次に映画のロケが来た時には進んでエキストラ参加や協力を申し出ていただきたい。地元の支援や協力があればこそ、撮影はスムーズに進み、大きなスクリーンで三重の姿を見る機会も増えるのである。

 皆さんがそれぞれの立場で「映画に参加する」ため一歩踏み出してもらえれば、益々、三重県の映画文化振興が図られると期待する。

『第7回三重映画フェスティバル』スタッフ
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